Nostra Storia

古畑圭一朗(sasuraichef)

1998年9月‐2011年3月イタリア在住。
鹿児島市内の専門学校卒業後、システムエンジニアとして上京するが、ふとしたきっかけから食の道を志し、東京・大手町のイタリアンレストランへ 入店。3年後渡伊。98年秋よりローマのレストランで修行を始める。のち、トスカーナ州、モリーゼ州、ウンブリア州など のレストランで働き、99年秋トスカーナ州キウジにある四つ星ホテル 「Il Patriarca」のレストラン「I Salotti」に入店。各担当をうけもち2002年にセコンドシェフへ昇格。2003年世界的レストラン格付けガイド「ミシュラン」から一つ星を獲得。2005年よりシェフを任され星を保持し続ける。2009年3月フィレンツェのレストラン「Belcore」でシェフとして腕を振るう。またイタリア各地で開催のカボチャの彫刻コンクールでも優勝など絵画芸術面でのセンスをイタリアで磨く。2011年3月鹿児島へ帰国。
chef&yossy

古畑好恵(yossy)

1999年11月- 2011年3月イタリア在住。
イタリア語の勉強のため、99年秋に渡伊。フィレンツェの語学学校へ通う傍ら、もともと美術・工芸に興味があったことからフィレンツェの伝統工芸である「フィレンツェ・モザイク」の工房へ通い始める。2003年より自らのブランドを立ち上げ「La Fanciulla」として大阪梅田阪急のイタリア展を皮切りに、鹿児島山形屋、日本橋三越などのイタリア展に出展。また2004年5月よりイタリア・フィレンツェのサンタ・マリア ・ノベッラ駅近くのレストラン「Belcore」にてホール担当。2007年より事実上のホール責任者を務める。その他イタリア語通訳としてトスカーナ州と京都府の経済交流のサポートや各種展示会において日本の企業の現地参入などをお手伝いする。2011年3月帰国。

「イタリアで働き、そして彼らとともに"生きていた"」

イタリアに料理人として、またそれ以外の職を学ぶために滞在する人は今ではめずらしくなくなりました。実際長期で滞在しなくても、頻繁にイタリアに来て、食べて、学ぶという方法もあり、それぞれが同じ情熱を持ってイタリアに向き合っている、そう思っています。では、私たちは何が出来るのか。長期滞在とひとくくりにされるには、少し長すぎた13年のイタリア生活。イタリアでイタリア人と同じように生活してきました。一生懸命吸収したイタリアではなく、日本と比べるイタリアでもなくシンプルに自分たちが生きていたイタリアを知っているということなのかもしれません。じゃあ、鹿児島に帰ってきてイタリア料理を作る、それならばこの土地のものを使って、今まで私たちがイタリアで食べていたものを作ろう!それがここに帰ってきた意味だと思っています。お料理を食べていただくだけではなくて、イタリアというフィルターを通して、また鹿児島のことを大好きになってもらえたら、そう切に願っています。